こんにちは。神楽坂麗華です。
「もう歳だから」――。いつの間にか、そんな言葉が口癖になっていませんか?「もう若くないから」「今さら始めても遅い」「この歳では無理でしょう」。
年齢を重ねると、いつの間にか自分の中に、そんな小さなブレーキが増えていきます。
でも私は最近、思うんです。人生の後半こそ、もっと自由に生きていいんじゃない?って。
だって私には、まだまだやりたいことがあります。行ってみたい場所もあるし、会いたい人もいる。仕事だって、もっと面白くしたい。
新しくやってみたいこともある。
だから「もう歳だから」と言って、自分で自分の人生を小さくするのは、もうやめようと思っています。
私も、もっと自分を信じてよかった
今の私を知っている人からすると、「麗華さんって、自由に生きているよね」と思うかもしれません。
でも、私だって最初から今のような感覚だったわけではありません。やりたいことは、それなりにやってきましたし、「こうしたい」と思えば動くほうだったと思います。
だから、「若い頃は何もできなかった」という話ではないんです。
むしろ、いろいろなことに挑戦してきたし、その時々で自分なりに人生を楽しんできました。
ただ、今振り返ってみると、もっと自分の価値を信じて、もっと堂々と受け取ってよかったんじゃないかなと思うことがあります。
若い頃って、周りに素敵な人や華やかな人がたくさんいると、つい自分と比べてしまうことがありますよね。「私はまだまだだな」と、自分のほうを小さく見積もってしまう。
やりたいことを諦めるほどではない。でも、あと一歩のところで「私なんて」と引いてしまう。
今思えば、問題だったのは能力でも、やる気でもなかったんです。自分で自分に、「私はこれでいい」「私は受け取っていい」と許可を出しきれていなかった。
これは、お金のことでも、人からの評価でも、同じだったのかもしれません。
今になって思うと、「もっと受け取ってよかったな」と思うことがあります。
もっと自分を評価してよかった。もっと堂々としてよかった。もっと「私には価値がある」と思ってよかった。そんなふうに、過去の自分を振り返ることがあります。
でも、それに気づいたのは、いろいろな経験をしてきた今だからこそ。だったら、今からやればいいんですよね。昔の私が遠慮していた分まで、今の私が楽しめばいい。
そう思うようになったら、なんだか人生がまた面白くなってきました。
人生の後半だからこそ、見えてくるものがある
若い頃って、本当に忙しいんですよね。
仕事をして、家族のことを考えて、生活を回して、周りの期待にも応えようとする。
目の前にやることがたくさんあって、「私は本当は何が好きなんだろう?」なんて、ゆっくり考える時間がないこともあります。
それが、人生を長く生きてくると、少しずつ見えてくるものがある。
自分が好きなもの、苦手なもの、大切にしたいもの、付き合いたい人、もう無理してまで付き合わなくてもいい人(笑)。
そして、「私はこんなふうに暮らしたい」という感覚も、だんだんはっきりしてきます。
若い頃は「何者かにならなきゃ」と思っていたのに、今はむしろ、「私は私でいいじゃない」と思える。これって、かなり大きな変化です。
そして、自分が何を好きなのかが分かってくると、人生の楽しみ方も変わってきます。誰かに「素敵ですね」と言ってもらったら、「いえいえ、たいしたものじゃないんですよ」なんて、わざわざ自分の価値を下げなくてもいい。「ありがとうございます。嬉しいです💕」でいい。
これも、人生の後半になって分かってきたことのひとつです。
謙虚であることと、自分を小さくすることは違う。
もっと自分の人生を楽しんでいいし、褒められたら素直に喜んでいい。
与えられたものは、「ありがとう」と受け取っていい。
そんなふうに、自分に許可を出せるようになったことも、私にとっては年齢を重ねたからこその財産です。
だから私は、人生の後半って案外面白いと思っています。
若い頃には分からなかった自分が、今になって分かってくる。
だったら、その「今の私」を使って、もう一度人生を楽しんでみればいいんじゃないでしょうか。
「もう歳だから」ではなく、「今の私ならどうする?」
もちろん、年齢を重ねれば体力も変わります。健康のこともあるし、若い頃と同じようにできないことも出てきます。だから私は、「何歳になっても何でもできる!」なんて、無責任なことを言うつもりはありません。
でも、ここで大事なのは、「できない」と決める前に、「今の私ならどうしたらできる?」と考えてみることだと思うんです。
昔なら自分ひとりでやっていたことも、人に頼ればいい。時間がかかるなら、時間をかければいい。以前と同じ方法が無理なら、別の方法を考えればいい。
たとえば、「旅行に行きたいけれど、昔みたいに何日も歩き回るのは大変」というなら、ホテルを良くして、移動を減らして、ゆったり楽しめばいい。何かを始めたいけれど体力的に大変なら、誰かと一緒にやってもいい。
つまり、「できる・できない」の二択じゃないんですよね。
「どうしたら、今の私にできる?」
そう考えるだけで、人生の選択肢は意外と残っています。
むしろ、長く生きてきたからこそ、「自分に合うやり方」を知っている。それは若い頃にはなかった、大きな武器です。
そして、もうひとつ大事なのは、「やってみたい」と思った気持ちまで、年齢を理由に否定しないこと。
実際にできるかどうかは、そのあと考えればいい。
「やってみたい」と思う自分を、まずは認めてあげる。
私は、それだけでも人生はずいぶん変わると思っています。
そして、94歳の叔母を見て、私は笑った
そんなことを考えていたとき、94歳の叔母の話を聞いて、私は思わず笑ってしまいました。
老人ホームにいる叔母が、七夕の短冊に書いた願い事。
それが、「元気で長生き」だったんです。
いやいや、94歳ですよ?🤣
「まだ長生きしたいんかーい!」って(笑)。
でもね、笑ったあとに、なんだかすごくいいなと思ったんです。
94歳になっても、「元気で長生きしたい」と思っている。
つまり、「まだ生きたい」「まだ楽しみたい」ということですよね。
それって、とても素敵なことだと思うんです。
年齢って、外側から見ると「94歳」だけど、本人の内側では「まだまだこれから」なのかもしれない。
そう考えたら、私が「もう歳だから」と言うのが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきました。
人って、自分で思っている以上に、年齢に縛られているのかもしれません。
「この歳だから、こうしなきゃ」
「この歳では、もう遅い」
でも、そんなルールを誰が決めたんでしょう?
もしかしたら、自分自身なんですよね。
だったら、そのルールを自分で変更したっていい。
叔母の「元気で長生き」という短冊を見て、私はそんなことを思いました。
94歳が「これから」なら、私だってまだまだ「これから」です。
年齢より、「どう生きたいか」
これからの私は、「もう歳だから」ではなく、「私はどう生きたい?」を基準にしていきたいと思っています。
そして、その答えが見つかったら、「じゃあ、これから何をしよう?」と考える。
行ってみたい場所があるなら行く。
会いたい人がいるなら会う。
やってみたいことがあるなら、やってみる。
昔好きだったことを、もう一度やってみてもいい。
若い頃にできなかったことを、今になってやってみたっていい。
人生の後半だからこそ、「誰かにどう思われるか」より、「私はどうしたいか」を大切にしてもいいんじゃないでしょうか。
私は今、人生を「終わっていくもの」として見るより、「まだまだ面白くできるもの」として見ています。
もちろん、これから先、思うようにいかないこともあるでしょう。
でも、それも含めて人生です。
うまくいかなかったら、また考える。
やってみて違ったら、やめてもいい。
新しいことを始めてもいい。
人生は、一度決めたら変更できないものではありません。
何歳になっても、「次はどうする?」と自分に聞いていいんです。
むしろ、これまで生きてきたからこそ、次の選択肢を自分で選べる。
それって、すごく贅沢なことだと思いませんか?
【今日の人生攻略】
今日から、「もう歳だから」という言葉を、少しだけ減らしてみませんか?
その代わりに、「じゃあ、これから何をしよう?」と自分に聞いてみる。
大きなことでなくていいんです。
「ちょっと気になっていたお店に行ってみる
「会いたかった人に連絡してみる」
「昔やりたかったことを調べてみる」
「欲しかったものを、素直に欲しいと言ってみる」
そんな小さな一歩で十分です。
人生って、そういう小さな「やってみたい」の積み重ねで、また面白くなっていくものだと思います。
私自身、まだまだやりたいことがあります。
だから、私はまだ人生を終わらせるつもりはありません🤭💕
むしろ、ここからもっと面白くしてやろうじゃないの!くらいの気持ちです(笑)。
年齢を重ねたからこそ見える景色もある。
年齢を重ねたからこそ選べる暮らしもある。
そして、年齢を重ねたからこそ、「私は私でいい」と思える自由もある。
だから私は、これからも自分の人生を、自分で攻略していきます。
「もう歳だから」じゃない。
「じゃあ、これから何をしよう?」
この言葉を、これからの合言葉にしたいと思います。
そして94歳の叔母に負けないように、私も「元気で長生き」を採用しようかな🤭💕
まあ、年齢については……
永遠の38歳ということで。🤣💕

